カンボジア訪問記 その3
7月13日 午後
病院訪問を終え、ブリゲード70に戻り軍の高官たちと会談だ。豪華な赤いバラの花束をもらい赤絨毯の上を進む。20人を越えるブリゲード70の幹部たちの歓迎を受ける。
そんな高貴な会のつもりではなかった私は完全に動揺していた。さすが我がボス・ジョージ先生はこういう状況も予想されていたようでスーツ持参。軍人の彼らはもちろん軍の制服。私とU先生は出発前に現場にスーツなんか要らないという平易な考えで持っていかず、チノパンにポロシャツという場違いな衣装で参加。またしても失敗。この会を通してカンボジアから我々、そして日本が相当期待されていることが伝わってきた。
さて、想像以上のフォーマルの会談も終わり、せっかくなので軍の装備も見せていただくことにした。マニアにとっては垂涎なのだろうが残念ながら私はそこまで興味はない。戦車や各種銃を見せてもらった。平和と戦は常に隣りあわせだ。複雑な心境である。
夕食は軍の幹部たちも混ざり賑やかだった。賑やかとは言え共通の言語が無かった我々のテーブルはbody languageのみで場が進んでいった。
夕食後、ジェネラルマオ(ブリゲード70の最高責任者)が我々の宿泊する棟に訪れしばし懇談となった。
しかしM氏とジェネラルは本当に仲が良い。ジェネラルはM氏(正井さん)をボンマサイ(兄弟正井)と呼ぶ。馬が合うというか運命なのだろうか。本当の兄弟のようだ。
話の流れでジェネラルが所有の銃を見せてくれることになった。部屋に次々と各種中が運び込まれる。もちろん弾は抜かれているが、好奇心よりもやや恐怖の方が強い我々を尻目にM氏は少年のようにはしゃいでいる。構える姿も様になっている。
ところで、勤務の都合か色んな方が我々の相手をして下さるが、今日は女性の兵士がそれら銃の説明なぞしてくれた。21歳という彼女はアメリカ海兵学校に国費で留学3年目のカンボジアのエリート。カンボジア人らしくない色白の肌に濃赤のマニュキュアと黒く光る銃との対比が何とも印象的だ。英語も堪能でマンハッタン在住。ジョージ先生はかつてNY近郊に住んでいたアドバンテージを全開にして終始ご機嫌であった。
重要な会談は終わったしお酒もたくさん頂いたし今日こそ早く休もうと思っていたが今日もまた飲みに行こうという。しかも我々の世話をしてくれているカボがジェネラルからの命令を受けたらしく、断ることは出来ないと言う。重い重い腰を上げて昨日に引き続きクメール語講座第2弾だ。今日はカンボジアの踊りも教えてもらった。なかなかうまくいかない。言葉が通じなくとも音楽と踊りは世界共通だ。