白井 邦博 医師

救命に不可欠なのは総合診療のアプローチです

香川の田舎町で地域医療に人生をかけていた祖父は、私にとって憧れの存在です。専門医の育成に力を注ぐ日本の医療教育のもとで、20年以上も救命救急一筋で学び続けてきました。総合診療のストラテジーを組める人、チーム医療の一員として患者さんに触れ、根拠に基づく判断を下すことができる人が、いまの日本の救命救急に必要な人材です。

 

日本の救急医学のパイオニアとして

私が大学を卒業した当時、まだ「救急医学」や「総合診療」を体系的に教える講座は国内のどこの医学部にもありませんでした。総合医になりたいという願望がありながら、一時は実家のクリニックを継ぐために眼科の道を歩みましたが、母校である日本大学に「救急医学教室」が新設されると知り、両親に頭を下げて日大に戻ったのです。その後、岐阜大学の高次救命救急センターで10年間、一ノ宮市立病院(愛知県)のERで1年間、それぞれ救命救急の拠点づくりに携わり、2015年4月に兵庫医科大学病院の急性医療総合センターにやってきました。

 

医師が専門外の知識を持てば日本の医療は変わる

pic_shirai日本大学に救急医学教室が出来てから20数年が過ぎましたが、長くスペシャリストの育成に力を注いできた日本の医療教育が急に変わるわけではありません。イギリスやアメリカでは昔から根付いている「家庭医」という概念が日本にはなく、医学生たちの間でも「専門医のほうが腕を磨くには有利」、「狭い分野に集中できるのでラクで安定している」というスペシャリスト志向が優勢のままです。

しかし、外傷・熱傷・敗血症などのスペシャリティを持ちながら総合医療を志し、救命救急一筋にキャリアを積んできた私としては、医師が専門外の知識を身に付けることで防げる病、救える命、削れる医療費は膨大であると思っています。勉強不足や経験不足でわからないことが多く、患者さんの症状が悪くなると怖いからと、リスク回避のために薬を出すようなことをしていないか、医師の皆さんには胸に手を当てて考えてみていただきたいです。

 

PCを見るのではなく、患者を診ているか?

「チーム医療」という言葉もよく聞くようになり、全国の救命救急の現場にさまざまな診療科のスペシャリストたちが集められています。しかし、個々の技量がすぐれていても、気持ちがひとつでなければチームとしては機能しません。医師同士が科の垣根を越えられるか、さらに、看護師や技師ら他職種のメンバーとも協力できるかが、診療の質を大きく変えます。とくに私が重視しているのが、アナムネーゼ(患者さんから収集する病歴や生活情報などの情報)です。IT化が進み、PCを見ながら診療する医師が増えましたが、本当に目を向けるべき相手は患者さんのはずです。たとえば、目の前の患者さんが「咳が出る」と訴えたなら、その言葉から数十の病名をつくり、問診で3分の1を消し、触診してさらに3分の1を消し…と、根拠に基づいて疾患に迫るのが総合診療のアプローチです。

 

総合医としての学びに終わりはない

誤解しないでいただきたいのですが、救命救急は決して「3K」職場ではありませんし、専門科への振り分けるための場でもありません。それから、救命救急の技量が総合医療にも役立つと勘違いしている人が少なくないですが、順序が逆です。総合医療に必要な、患者さんを診る力、不明の原因をあぶりだしていく力が、重症患者さんへのアプローチや命を救う技術につながっていくのです。

pic_shirai2ですから、「自分はスペシャリティにしか関心がないし、チーム医療にも興味がない」という医師は、救命救急の現場を経験する必要はないでしょう。しかし、日本の医療を何とかしたい、総合診療のストラテジーを組める医師になりたいという人にとっては、やり甲斐のある職場です。医学の世界は日進月歩なので、この分野一筋に20数年間続けてきてもわからないことは次々に出てきますので、すぐに調べて、専門医に質問し、教えてもらったことをまた調べるという学びを止めたことはありません。もちろんラクではないですが、元気になった患者さんに再会できたときの喜びは、何にも代え難いもの。これからも、いかに些細な症状も見逃すまいという姿勢で、総合診療に携わっていきたいと思います。