中尾 篤典 医師

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岡山大の大学院では消化器・腫瘍外科を専門としていました。もっと移植について究めたいという気持ちと、野球選手がメジャーリーガーを目指すような思いが重なり、2000年に渡米してピッツバーグ大学のスターツル移植研究所へ。3.11の震災で医療ボランティアとして東北に赴き、この帰国をきっかけに再び日本の医療現場に戻ることになりました。

東日本大震災で救援ボランティアを経験

pic_nakaoすでにアメリカで永住権も取っていましたし、ずっと向こうでやっていくつもりでした。しかし、医療救援隊の一員として派遣していただくこととなって、地震発生の翌々日に急遽帰国。気温がとても低く、設備も物資も揃わない環境での医療活動は厳しいものでしたが、何よりも南三陸村の惨状が想像を超えるもので愕然としました。ボランティア終了後に私自身もコンディションを崩してしまったくらいです。
その後、みなさんもご存知のとおり福島の原発事故が発生して、放射能が人体に及ぼす影響についてメディアでもしばしばとり上げられるようになりました。と同時に、私がピッツバーグ時代から研究を続けてきた、放射線障害に対する水素の有効性が注目を浴び始めたのです。

NASAと共同研究した医療ガスを救急現場にも!?

ピッツバーグ大では、NASA(アメリカ航空宇宙局)と共同で、宇宙飛行士を放射線から守る医療ガスについて研究に打ち込んでいました。スペースシャトルの船内で宇宙放射線を浴び続けていることは、飛行士に大きな酸化ストレスを与えています。酸化ストレスは、人体のDNAや脂質の損傷を引き起こす可能性があるため、シールを施すなどして身を守っているのですが、抗酸化や抗炎症といったシグナル分子としての働きをもつ医療ガス(水素ガス)を吸引するなり飲んでもらうなりすれば、より簡単に飛行士たちの健康を守れるのではないかと考えたのです。
2010年に私たちの成果をまとめた論文が学術誌に掲載されましたが、それで研究が終わったわけではありません。医療ガスには水素ガス以外にもさまざまな種類があり、まだ研究の余地が残されています。とくに、臨床現場への応用はこれからの課題。たとえば、人工呼吸器を使って酸素吸入する要領で、各種の医療ガスを吸入する処置が効果的だとわかれば、救急車やドクターヘリの中などでも実施できるのではないでしょうか。

過度な期待は禁物。自発的な意思がなければ続かない

pic_nakao22012年7月に入局したばかりですが、設備も素晴らしく、スペシャリティを持った医師が揃った職場だと感じています。また、アメリカに比べると日本の医療体制は親切で、どんな患者も受け入れてもらえるし、救命救急のレベルも高いと思います。 医者の本音を言ってしまえば、救急車は、どこの誰をどんな状態で運んでくるかわからない“びっくり箱”のようなものですから、開けるのが怖い、できれば開けたくないはずです。でも、全員がそうでは困るから、この病院のように、初療から全身管理までフォローできる体制が必要。使命感だけでなく「ここで働きたい」という自発的な気持ちを持った人でなければ続かないシビアな仕事ですね。
だから私は、「救命救急を経験しておくといいよ」なんて勧誘するつもりはありません。また、スペシャリティを持つ先輩たちがいることにも過度な期待を持たないで欲しいです。「あの病院で働けば、何かしてもらえるかも?」なんて期待していって裏切られたら落ち込みますよ。他人や環境に期待するのではなく、自分の気持ちが高まることに取り組めばいいんじゃないですか。

自分なりの成果を次世代に伝えていきたい

この病院は大学病院であり、臨床・研究・教育という3本柱で成り立っている組織であることも忘れてはならないポイントです。口で言うほど簡単なことではないですが、臨床でのチームプレーと個人の研究とをバランス良くこなしていかねばなりません。
とくに私くらいの年代になると、レジデントの指導役も担っています。自分がこれまで研究に打ち込んできたこと、何百という論文を書いてきたことが後輩たちのキャリアアップに役立つのなら、何でも伝えていきたいと思っています。救命救急というと臨床のイメージが強いかもしれませんが、研究はとてもとても大切なこと。最終的には患者さんを助けるためにやっているのだということを忘れずに続けていくつもりです。