門井 謙典 医師

「口」は全身管理につながる大切な「入口」です

名古屋で高校生活を送っていたとき、学校の先輩に誘われて「阪神・淡路大震災」の復興ボランティアに参加しました。その後、歯科口腔内科の医師として転職することになっていた兵庫医科大学病院が、東日本大震災の被災地に医療団を派遣していると聞き、入局前にメンバーに加えていただくことに。それが、急性医療総合センターの一員となるきっかけでした。

 

人工呼吸器関連肺炎(BAP)を防ぐ口腔内ケア

救命救急における歯科口腔外科医の仕事は、顎顔面の外傷処置が主です。命に直結するイメージはないと思いますが、口=呼吸器や消化器の入り口ですから侮ることはできません。たとえば、救急搬送後に人工呼吸器を装着される患者さんがいらっしゃいますが、装置を付けたままの口腔内に汚れがたまり、繁殖した細菌が体内に入って「人工呼吸器関連肺炎(BAP)」を引き起こし、命を落とされることもあるのです。私は、臨床研究のテーマとしてBAPの予防に取り組んでおり、看護婦さんにも協力してもらいながら患者さんの口腔内を清潔に保つケアを推し進めています。

 ほかにも、口周辺の裂傷から破傷風や感染症を引き起こすケースがあります。また、命が助かった後の患者さんの生活をおもんばかり、審美的な意味や機能的な意味から処置法を考えていくことも大切です。

 

ボランティアで知った報道と現場とのギャップ

pic_kadoi私が災害医療について学びたいと思うようなったのには、2度のボランティア経験がベースにあります。最初は、医療知識もない高校生として神戸に行ったとき。報道を介して知った被災地の状況と、実際に見聞きした現場の様子との間に大きなギャップがあることに衝撃を受けました。また、炊き出しのボランティアが地元の飲食店の再興の妨げになっているかもと感じ、被災地において何が善で何が悪なのかを深く考えさせられました。

そして2度目は地震発生から約2週間後の東北(宮城県)にDMATの医師として派遣されたとき。現場では教科書通りに行かないことの連続でした。情報が錯綜する中、病院なら当たり前にあるはずの器具の代用品を探し、余震や津波におびえる患者さんたちに寄り添い、励ましながら治療に当たったことは、患者さんを受け入れる際の情報把握、ドクターカー内での処置など、急性医療総合センターに来てからの仕事にも役立っています。余談ですが、高校時代に私をボランティアに誘ってくれた先輩が集中治療の専門医なっていたことを、宮城での運命的な再会で知りました。

 

患者さんの力を微力ながら支えていく仕事

DMATから戻った私は、予定より1カ月ほど遅れて兵庫医科大学病院の歯科口腔外科に入る予定でした。が、どうしても災害医療への思いが消えず、救命救急センター(急性医療総合センター)で働きたいと小谷先生に志願したのです。そして、2012年春から半年間の常勤を経て、現在も非常勤で続けています。専門の診療科との大きな違いは、バックグラウンドの異なる医師とカンファレンスなどで意見を交わす機会があることです。専門医として学んできた断片的な知識を、救急医療の知識へとつなげて体系化していくには、他の専門分野の深い知識が不可欠だと感じています。

熱心に議論を交わしていると、ついつい「どれが(どちらが)正しいか」という考えに陥りがちですが、医療とは「死」という自然の摂理に逆らう行為であり、医師の力はごく小さいということを痛感しています。災害医療に関わってから、とくにそう思うようになりました。患者さんの生きたいという思いに寄り添い、それを微力ながら支えていくのが医師の仕事なのではないでしょうか。

 

歯科も医師のひとつの形として捉えてほしい

pic_kadoi2たくさんある診療科の中で、歯科口腔内外科は「歯医者」として別扱いされてしまうことも珍しくありません。実際、国内で歯科を持つ病院は⒖~20%というデータがあります。しかし、兵庫医科大学病院では必ず研修のローテーションに組み込まれていますし、救命救急に関心のある方なら、抜歯や口腔内縫合といった基本的な処置くらいは経験しておいて損はないはずです。歯周病は糖尿病や脳梗塞にもつながる疾患であること、口腔外科が何をしている科なのかを頭の片隅においてくれる次世代の医師を増やすことも、大切な仕事のひとつかなと思っています。